自民党の高市早苗新総裁が、「ワークライフバランスという言葉を捨てます。働いて働いて働いてまいります」と語った発言が波紋を呼んでいます。
この言葉は、一部で「過労を肯定するのでは」と批判を集める一方で、
「覚悟を感じる」「自分も奮い立った」と共感を呼ぶ声もあります。
本記事では、政治的な立場を取らずに、
“働くことと健康”の関係を心理学・健康学の視点から考え直してみます。
ワークライフバランスという言葉の限界
ワークライフバランスとは、「仕事」と「私生活」の調和を保つことを指す言葉です。
過労死や長時間労働の問題を受けて広まった概念であり、
一定の意義は今もあります。
ただし、この言葉が前提とするのは「仕事=負担」「プライベート=癒し」という構図です。
しかし現代では、仕事そのものが人生の充実や社会参加の手段であることも増えています。
“仕事”と“生活”を切り離して語る時代ではなくなっているのかもしれません。
この点を踏まえ、近年の研究では「Work Life Integration(ワークライフ・インテグレーション)」という新しい概念が注目されています。
この考え方は、仕事と生活を分断せず、互いに支え合い、融合して機能するライフスタイルを目指すものです。
たとえば、
- 仕事の中に学びや喜びを見出す
- 家族や趣味の時間が仕事の活力を生む
- デジタル技術によって柔軟に役割を切り替える
といった動的な働き方が「統合型アプローチ」として論じられています。
学術的にも、この流れを裏付ける論文があります。
たとえば “Work–Life Integration: A Review and Research Agenda”(2024, Journal of Work and Organizational Psychology) では、
従来のワークライフバランスが「分断と均衡」を前提としていたのに対し、
現代社会では仕事と生活がより流動的に交わり、相互作用的に幸福を形成する段階に移行していると指摘しています。
(出典: ScienceDirect)
「やる気を持って働く」ことは健康にも良い
高市氏の発言を「危険」と見るか「勇気」と見るかは人それぞれですが、
心理学的には「目的を持って働くこと」は健康に良い影響を与えます。
米国の研究では、仕事に意義を見いだしている人は、
ストレスホルモンの分泌が安定し、疲労感が少ない傾向が示されています
(Steger et al., Journal of Vocational Behavior, 2012)。
つまり、“どれだけ働くか”よりも、“どんな気持ちで働くか”が健康を左右するのです。
「イヤイヤ働く」ことのほうが危険
働く時間が短くても、やる気を失っていたり、
「仕方なく働いている」と感じている場合には、
かえってストレス反応が強く出ることがあります。
英国のホワイトホール研究(Marmot et al., Lancet, 1997)では、
仕事の裁量が少なく、強制的に働かされている人ほど、
心疾患の発症リスクが高いことが報告されています。
時間よりも“主体性”の有無こそが、健康を分ける鍵なのです。
「働きすぎ」と「熱中して働く」は違う
もちろん、過労死防止法の理念に照らしても、
過剰な労働や無理な働き方を肯定することはできません。
ただし、仕事に熱中し、やりがいを感じながら働く状態は、
脳内のドーパミン系を活性化し、メンタルヘルスを安定させる効果があります。
“自分の意志で、意味を感じながら働く”ことは、
むしろ心身を健やかに保つ力になるのです。
まとめ ― 「働くこと」を再定義する時代へ
- 「ワークライフバランス」は大切だが、今の多様な時代には少し古い考え方
- 「Work Life Integration(統合)」は、仕事と生活を補完関係として捉える現代的視点
- 「やる気を持って働く」ことは、正しく整えれば健康にもプラス
- 「イヤイヤ働く」ことは、短時間でも心身にマイナスに作用する
働くことそのものが問題なのではなく、
“どんな目的と意識で働くか”が、健康の分かれ道になります。
ワークライフバランスの次に来る時代は、
「ライフの中に仕事を、仕事の中にライフを」取り戻す時代です。
参考文献・論文
- Steger, M. F. et al. (2012). Meaning in work and employee well-being: A longitudinal study. Journal of Vocational Behavior.
- Marmot, M. G. et al. (1997). Work stress and coronary heart disease: the Whitehall II study. Lancet.
- Wrzesniewski, A. et al. (2003). Finding positive meaning in work. Journal of Organizational Behavior.
- Work–Life Integration: A Review and Research Agenda. (2024). Journal of Work and Organizational Psychology. ScienceDirect.


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